9年前に植樹した庭のヒメシャラが、初めて花を付けました^^
涼しい梅雨のこの時期に草むしりをしたり、剪定したり、
束の間雨が止むタイミング
を見計らって庭仕事に勤しんでいます。
一仕事終えて部屋に戻って、スッキリした庭を窓から眺めながらのんびりコーヒーブレイクするのが堪らなく心地良くて、次第にまた雨が降ってくると尚更風情が増します。
これまでどちらかと言えば雨は嫌いで、クセっ毛が益々ウネる^^;とか古傷が痛むとか服が濡れるとか、、、
不都合な側面ばかりにフォーカスして入梅前から憂鬱になったりしていました。
今年の梅雨は静寂感に癒されて、自然の中で暮らしていると
恵みの雨
って表現を肌で感じることが出来ます。
写真もシャドーがあるからハイライトが活きて、コントラストの描写が立体感を生み出すのと一緒で、
光と影
陰と陽
動と静
何でも相反するものとの調和が取れてこそってことか、、、とか思ったり。。
雨の日を嫌うのと一緒で、以前は自分自身の影の部分も嫌っていたように感じます。
今はただ
そこにある
ってことだけを認識出来るようになってきました。
大人になったなあ〜〜〜( ・∇・)
ヒメシャラの樹形は単木でも株立でも、あまり手をかけなくても自然とサマになるのだと言います。
真っ直ぐ空に向かって伸びて行く姿が好きで単木を植えましたが、途中から中途半端な場所で先端が不自然に頭を落とされて、そこから二股に別れて手長エビのような不恰好な姿になってしまいました・・。
我が家の『和製ヘップバーン』の仕業なのですが、その痛々しい姿を眺めながら、

とも感じて、リンクする数えきれない昔の出来事が次から次へと湧き上がってきて、複雑な心境にもなります。
スクスクと真っ直ぐ、何一つ戸惑うこともなく空に向かって伸びる単木の先端を容赦無く切り落とすって、一体どんな精神状態?とも思いますが、周辺に聳え立つクヌギや栗の木の大木のようになって屋根を破壊する妄想に悩まされていたようで、、、
で、容赦無く頭を切り落として、、、
そしてまた別の、次から次へと不安をもたらす妄想の中で不機嫌を募らせています。
眼に映る光景には陰陽両面、それぞれが共存してあるがままの姿がそこに存在していますが、その心が投影するものによって『やさしい光』に思えたり、『光を遮る影』と疎ましく感じたりします。
ヒメシャラは庭木の
シンボルツリー
として植えられることが多いのだそうですが、我が家の手長エビも違う意味でとてもシンボリックな存在で、そんな事を止め処なく考えるのもまた、梅雨の静けさの恩恵ってことで^^